LOGIN主人公の梅乃が老舗妓楼で様々な経験をする。 妓楼や花魁、玉芳などから寵愛を受けて梅乃が花魁になっていく物語
View More第一話 梅乃
一八八一年 吉原 仲《なか》の町《ちょう》
「花魁《おいらん》、通ります」 三原屋の禿《かむろ》が大きな声を出す。
派手な着物に、高下駄《たかげた》を履《は》く。
そして大きな傘の下、繰《く》り出す足は外に半円を描くように引きずる。
花魁の外八文字《そとはちもんじ》という歩き方である。
顔は白く塗り、大きな瞳に淡い桃色のシャドウ。
薄い口元に、小さい紅が美しさを引き立てている。
こうして店の外にある引手茶屋《ひきてちゃや》まで客を迎えに行くのだ。
引手茶屋とは、規模の大きい妓楼《ぎろう》に対し、遊女《ゆうじょ》の予約をする茶屋の事である。
客は引手茶屋で指名をし、ここで指名した遊女が迎えに来てから妓楼に行くシステムとなっているのだ。
この花魁こそが主人公である
“三原屋《みはらや》の梅乃《うめの》 ” 吉原の梅乃花魁である。
梅乃が花魁を襲名《しゅうめい》し、吉原の街を練り歩く姿は遊郭をアピールする絶好の機会であった。
梅乃は二十歳にして、老舗妓楼《しにせぎろう》『三原屋』の頂点になる。
そんな伝説、梅乃花魁の物語である。
一八六九年 吉原の春。
妓楼がひしめく吉原に、多くの遊女が在籍する店がある。
ここ、三原屋である。
三原屋は吉原、江戸町一丁目にある大見世《おおみせ》である。
そんな三原屋は、早朝から一日が始まる。
「こら、梅乃! しっかりなさい」
「すみません……姐さん」 そう言って、頭を叩かれていたのは梅乃である。
梅乃は八歳。 まだ子供である。
梅乃は三原屋に来て一年、つまり七歳の時から妓楼で働いている。
子供の頃から妓楼で働く子供は少なくない。
家が貧困で売りに出される者……身寄りが無く、拾われた者などだ。
「姐さん、良い天気です。 ほら!」 梅乃は窓を開け、青空を見せた。
「あぁ……いい天気でありんすなぁ」 梅乃は、教育として花魁の傍《そば》で作法を学ぶ。
その教育係が、
“三原屋の花魁、玉芳《たまよし》である ”
玉芳は、老舗妓楼の花魁を八年間 勤め上げている。
そして、梅乃は玉芳の付き人のようなことをする。
これを禿《かむろ》と言う。 つまり見習いだ。
「梅乃もここに来て一年だろ? まだ慣れないのかい?」
玉芳はキセルを吸いながら梅乃に小言を言う。
「すみません……」 そう言って、バタバタと走り回り仕事をしている。
梅乃の仕事は、玉芳の部屋の掃除をして身の回りの世話をすることである。
「ふう……」 梅乃は額の汗をぬぐい、部屋が綺麗になっているか確認をしていた。
「梅乃……火鉢《ひばち》の灰も綺麗にしておくれ」
こうした毎日を過ごしていた。
当然ながら休日というものは無い。 毎日の飯代が、毎日の奉仕ということである。
この玉芳には禿が四人いる。
梅乃の他に三人がいる分、仕事量は多い訳ではない。
「それでさ……」 普段の話し相手であったり、愚痴《ぐち》を聞かされるのも禿の仕事であったりもする。
普通は、禿に厳しくして教育するのが先輩なのだが、玉芳は違った。
分け隔《へだ》てなく禿と話し、笑顔で接してくれる花魁である。
まだ子供の梅乃には、玉芳の懐の深さを知るには早かった。
玉芳の禿をしているのは四人であり、一番のお姉さん格になるのが菖蒲《あやめ》である。
菖蒲は十三歳。 そろそろ客を取る準備をしなくてはならない頃である。
そして二番目。 勝来《かつこ》は十二歳で、元は武家の家柄であったが、父親が失脚して奉公《ほうこう》に出されたと聞いている。
三番目は小夜《さよ》。 梅乃と同じ八歳であり、小夜と梅乃は親の顔を知らない。
二人共、吉原《よしわら》大門《おおもん》の前に捨てられていたと店の主から聞いていた。
そんなことから仲が良く、小さいながら励《はげ》まし合い玉芳の所で勤めている。
梅乃など、禿の仕事は不規則である。
江戸の朝は早く、利用客のほとんどは現在の朝の六時には妓楼から帰る客ばかりである。
そして妓女が、利用客を見送る『後朝《きぬぎぬ》の別れ』を済ませる。
これは花魁が使うテクニックで、朝の見送りの際に『別れを惜《お》しむ』ことである。
アッサリと帰したのであれば、次の指名は無い。
『また会いたい……』と、思わせる為の見送りである。
梅乃や禿は客の帰り支度などを手伝い、客が帰るときには花魁の後ろで頭を下げて見送る。
こうして豪華な ひとときを演出させている。
そして客が帰ると
「ほら、掃除して」 玉芳の声で、梅乃は走って玉芳の部屋を掃除する。
掃除が済むと、玉芳は仮眠に入るためだ。
「姐さん、終わりました」 梅乃は玉芳に声を掛けると、
「ご苦労さま」 そう言って、玉芳は布団に入った。
そして、仕事を済ませた禿たちは朝食を済ませる。
朝食と言っても、白米と少々の菜食。 実に質素ではあるが、親から棄てられた子供や借金の肩代わりとして売られた身分にしては有難いことである。
「ガッ ガッ」 威勢よく食べる梅乃は、細身ではあるが食事の大切さを知っている。
捨て子だった子供が、食べられるだけでも有難いからだ。
そして、誰よりも早く食事を済ませて花魁の様子を見に行く。
“コソー ” 花魁、玉芳の部屋の襖を少し開ける。
(寝てるな……) 梅乃は、玉芳の就寝《しゅうしん》を確認すると、三原屋の店前の掃除を始める。
「毎日、ご苦労だね」 そう声を掛けるのは、三原屋の主である
三原 文衛門《ぶんえもん》である。
「おはようございます♪」 梅乃は元気に挨拶をすると、文衛門は梅乃の頭を撫でた。
「梅乃、外の掃除が済んだら次は中の掃除だよ! 急ぐんだよ」
文衛門と話しをしていると、口うるさく言ってくるのが
三原 采《さい》。 文衛門の妻であり、経営の達人である。
文衛門が吉原を訪れた時、采と出会い一緒になった。
そして、小さな見世(店)から数年で大見世にまで出世させた伝説の婆《ばばあ》である。
そんな采は厳しさでもプロフェッショナルである。
「中の掃除を済ませたら、次は風呂の準備だよ!」
とにかく禿は大変である。
正午になると、 “昼見世《ひるみせ》 ”という昼間に店から顔を出し、夜の為に宣伝をする妓女の勤めがあるからだ。
そこで、風呂や髪結《きみゆ》い、化粧の手伝いをしながら勉強をするのだ。
梅乃も勉強の為、毎日の手伝いが当たり前となっている。
「いたたたっ! そうじゃないよ! このハナタレ!」
不器用な梅乃が髪結いの手伝いをすると、妓女から文句を言われるのも日常であった。
「すみません、姐《ねえ》さん……」
「アンタ、玉芳姐さんの禿だからって、私には手を抜いているんじゃないだろうね?」
「そんな事……本当にすみません」 梅乃は謝るばかりであった。
しばらくして、 「グスッ……」 梅乃は泣いていた。
その頃、玉芳は目覚めて、二階にある自室から一階に降りてきた。
「おやおや……?」 玉芳は、泣いている梅乃を見つけた。
「梅乃、どうしたんだい?」 玉芳が声を掛けると
「花魁……なんでもございません」 梅乃は涙を拭いて、走って次の仕事に向かっていった。
「……ふん」 玉芳は息を吐きだし、昔を思い出していた。
玉芳も禿の頃は、よく姐さんたちに当たられていた。
“ある意味、伝統である ”
良くも悪くも妓女の伝統である。
玉芳は自身が苦労をしてきた分、そういう人間にはなりたくないと思っていた。
「お前は優しいのか甘いのか……それでよく花魁になれたものだね……」
玉芳に言ってきたのは采である。
いくら花魁でも、采の言葉には逆らえない。
「いえ、何も……」 そう言って、玉芳は自室に戻っていった。
しばらくすると
「花魁、失礼しんす……」 菖蒲が玉芳の部屋に来た。
これは、今日の予定を任されている為である。
基本的に、花魁は昼見世には参加しない。
夜の予約で稼ぎは十分だからである。
花魁とは、体を売るだけが目的ではない。
初見《しょけん》の客では、なかなか指名など出来ないのだ。
料金も高く、現在の価格だと 一晩、百五十万から二百万は掛かると言われている。
それも、初めての客となると『顔見せ程度』で済まされる。
酒宴《しゅえん》やチップなどを出して終わり、二回通うと「主《ぬし》さん」と呼んでくれる。
そして三回になって、初めて名前で呼ばれ部屋に通されるのだ。
また、花魁に嫌われたら二度と会えないくらいとなる。
そんな高貴なのが花魁であり、妓女は花魁を目指しているのだ。
「……して、今日の予定でありんす」 菖蒲は予定を伝え、準備を始める。
「菖蒲は真面目だね~」 玉芳は、大きく息を吐くと
「当然じゃないですか! みんな玉芳花魁を目指しているんですから……」
菖蒲は ため息をついた。
菖蒲は八歳の時に禿として玉芳の傍に就いていて、もう五年になる間柄である。
「そろそろ菖蒲も準備が必要だね……身体だけじゃなく、顔を知ってもらうのが大事。 しっかり準備しなさいね」
玉芳は自分の禿には立派になって欲しいと願っていた。
普通なら、 “いつかは自分を蹴落《けお》とす ” ライバルとなるが、玉芳はそんな性格ではなかったのだ。
「姐さんは、本当に優しいですね……」
「そうかしら?」 玉芳はキョトンとしていた。
「そうですよ。 だから、みんな姐さんみたく上品で優しい花魁となりたいと思っているのです」 菖蒲が言っている時、バタバタと音がした。
「まさか……?」
玉芳と菖蒲はドキッとする。
「また壺《つぼ》を割りやがった!」 采の怒鳴り声が聞こえた。
「し、失礼しんすっ!」 梅乃が玉芳の部屋に駆けこんできた。
“ポカン…… ” 玉芳と菖蒲は顔を見合わせる。
すると、 「梅乃は何処に行った?」 采が玉芳の部屋に来て
「いえ……来てませんが、梅乃が何かしました?」 玉芳は采に訊《たず》ねると
「あのガキ……またホウキで遊んで壺を割りやがった」
采は怒っていた。
「クスッ― 私が店の壺を弁償しますわ♪ 新しい壺を買ってきましょう」
玉芳の言葉に、采はブツブツ言いながら戻って行った。
そして、コソーっと奥から梅乃が出てきた。
「すみません、花魁……」 梅乃は玉芳に謝った。
「いいのよ!」
「では、花魁にコレを差し上げます」 梅乃は禿服の胸元から何かを取り出した。
「何それ?」 玉芳と菖蒲は、梅乃の手を覗き込んだ。
「コレです」 梅乃は手を広げ、手の中にいた蝶《ちょう》を見せようとしたが、蝶は圧《お》し潰されており、ペチャンコになっていた。
それを見た玉芳と菖蒲は、後ろに倒れてしまう。
「あれ……?」 梅乃はポカンとしていた。
梅乃は、後に菖蒲から説教をされていたのは言うまでもない。
そんな無邪気な梅乃の物語は続くのである。
第五十九話 椿《つばき》と山茶花《さざんか》明治七年 正月。 「年明けですね。 おめでとうございます」 妓女たちは大部屋で新年の挨拶をしている。すると文衛門が大部屋にやってきて、「今日は正月だ。 朝食は雑煮だぞ」 そう言うと片山が大部屋に雑煮を運んでくる。「良い匂いだし、湯気が出てる~♪」この時代に電子レンジはない。 なかなか温かいものを食べられることは少なかった。「まだまだ餅はあるからな。 どんどん食べなさい」妓女たちが喜んで食べていると、匂いにつられた梅乃たちが大部屋にやってくる。「良い匂い~」 鼻をヒクヒクさせた梅乃の目が輝く。「梅乃は餅、何個食べる?」 片山が聞くと「三つ♪」「私も~」 小夜も三本の指を立てている。「わ 私も三つ……」 古峰も遠慮せずに頼んでいた。「美味しいね~♪」 年に一回の雑煮に舌鼓を打つ妓女たちであった。この日、三原屋の妓女の多くは口の下を赤くしている者が多い。「まだヒリヒリする……」餅を伸ばして食べていたことから、伸びた餅が顎に付いて火傷のような痕が残ってしまった。(がっつくから……)すました顔をしている勝来の顎も赤くなっていた。梅乃たちは昼見世までの時間、掃除を済ませて仲の町を歩いている。そこには
第五十八話 魅せられてそれから梅乃たちは元気がなかった。玲の存在を知ってしまった梅乃。 それに気づいた古峰。 それこそ話はしなかったが、このことは心に秘めたままだった。しかし、小夜は知らなかった。(小夜ちゃんには言えないな……)気遣いの古峰は、小夜には話すまいと思っていた。 姉として、梅乃と小夜に心配を掛けたくなかったのだ。それから古峰は過去を思い出していく。(あれが玲さんだとしたら、似ている人……まさか―っ)数日後、古峰が一人で出ていこうとすると「古峰、どこに行くの?」 小夜が話しかけてくる。「い いえ……少し散歩をしようと思って」「そう……なら一緒に行こうよ」 小夜も支度を始める。 (仕方ない、今日は中止だ……) そう思い、仲の町を歩くと 「あれ? 定彦さんだ…… 定彦さ~ん」 小夜が大声で叫ぶと “ドキッ―” 古峰の様子がおかしくなる。 「こんにちは。 定彦さんはお出かけですか? 今度、色気を教えてくださいね」 小夜は化粧帯を貰ってから色んな人に自信を持って話しかけるようになっていた。「あぁ、采さんが良いと言ったらね」 定彦がニコッとして答えると、「古峰も習おうよ」 小夜が誘う。「は はい
第五十七話 木枯らし明治六年 秋。 夏が過ぎたと思ったら急激に寒さがやってくる。「これじゃ秋じゃなく、冬になったみたい……」 こう言葉を漏らすのが勝来である。「日にちじゃなく、気温で火鉢を用意してもらいたいわね……」勝来の部屋で菖蒲がボヤいていると、「姐さん、最近は身体を動かさなくなったから寒さを感じるのが早くなったんじゃないですか?」梅乃が掃除をしながら二人に話しかける。菖蒲や勝来も三原屋で禿をしていた。 少し寒くなったからといっても、朝から掃除や手伝いなどで朝から動いて汗を流していたのだが「そうね……確かに動かなくなったわね」菖蒲は頬に手を当てる。「せっかくだから動かしてみるか……」 勝来が薄い着物に着替えると、「梅乃、雑巾貸しな!」 手を出す。「えっ? 本気ですか? 勝来姐さん」梅乃が雑巾を渡すと、勝来は窓枠から拭きだした。「勝来がやるんだから、私もやらないとね~」 菖蒲も自室に戻り、着替え始める。「……」 梅乃は開いた口のまま勝来を見ている。そこに小夜がやってきて、「梅乃、まだ二階の掃除 終わらない? ……って。 えっ?」小夜が目を丸くする。そこには二階の雑巾掛けをしている菖蒲がいた。「ちょ ちょっと姐さん―」 慌てて小夜が止めに入る。「なんだい? 騒々しいね」隣の部屋から花緒が顔を出す。
第五十六話 近衛師団明治天皇が即位してから六年、段々と日本全体が変わってきた。両から円へ貨幣も変わり、大きな転換期とも言える。「しかし、大名がないと売り上げが下がったね~ どうしたものか……」文衛門が頭を悩ませている。少し前に玉芳が来たことで大いに盛り上がった三原屋だが、それ以降はパッとしなかった。「それだけ玉芳が偉大だったということだな……」 文衛門の言葉が妓女にプレッシャーを与えていた。 しかし、文衛門には そんなつもりも無かったのだが“ずぅぅぅん……” 大部屋の雰囲気が暗くなる。梅乃が仲の町を散歩していると、「梅乃ちゃ~ん」 と、声がする。 梅乃が振り返ると「葉蝉花魁……」「この前はありがとう。 一生の宝物だよ~」 葉蝉は大喜びだった。「よかったです。 本当に偶然でしたけど」「話せたこと、簪を貰ったこと……全部、梅乃ちゃんのおかげ」そう言って葉蝉は帰っていく。「良かった…… みんな、よくな~れ!」 梅乃は満足げな顔をする。「すまん、嬢ちゃん……君は禿という者かい?」 梅乃に話しかけてきた男は軍服を着ており、子供にも優しい口調で話していた。「はい。 私は三原屋の梅乃といいますが……」「そうか。 よかったら見世に案内してくれないか?」 軍服を着た男は見世を探していたようだ。「わかりました。 こちらです」 梅乃は三原屋へ案内する。「お婆……兵隊さんが来たよ」 梅乃が采に話すと、「兵隊? なんだろうね」 采が玄関まで向かう。「ここの者ですが……」 采が男性に言うと、「私は近衛師団の使いできました大木と申します。 短めなのですが、宴席を設けていただきたい」 男性の言葉に采の目が輝く。「もちろんでございます」 采は予約を確認する。「では、その手はずで……」 男性が去っていくと、「お前、よくやったー」 采が梅乃の頭を撫でる。「よかった♪」 梅乃もご機嫌になった。三日後、予約の近衛師団が入ってくる。 この時、夜伽の話は厳禁である。あくまでも『貸し座敷』の名目だからだ。相手は政府の者、ボロを出す訳にはいかない。この日、多くの妓女が酒宴に参加しているが「ちょっと妓女が足りないね…… どこかの見世で暇をしている妓女でも借りるか……」 采が言うと、「お婆、聞いてきます」 梅乃と古峰が颯爽と出て行く。それから梅